なぜ自社製作に至ったのか?
カンジ・レーシングシミュレーターで使用されている筐体である、「K-ReguLus02GT」は購入可能な筐体です。
実車走行を見据えたレーシングシミュレーターでの走行は、モータースポーツを楽しんだり、将来を見据えたりする、とても貴重で重要なトレーニングの一環です。その後の実車走行で人生を左右することもあるからです。カンジ・レーシングシミュレータージムはこれに常に気を配り、最善を尽くすよう心がけています。
ですがこれはシミュレーターコーチのコーチング技術だけではどうしても賄うことができず、レーシングシミュレーター本体というハードウェアとシミュレーションデータというソフトウェアに頼らざるを得ません。なぜなら、ドライビングで得た結果はすべてソフトウェアの演算のもとに導き出された結果であり、その結果はハードウェアを通して人の五感へ伝達するからです。もちろん、ハードウェアのクオリティやその調律は重要です。ですがそもそもこれは演算結果に対する信号の調律にほかなりません。また、これと同じようなことがハードウェアに対しても言えます。レーシングシミュレーターの製作にゴムやスプリングの緩衝材を用いられることはよくあります。ですが仮に実車挙動に限りなく近しい「正しい挙動」データであっても、それら緩衝材を通して身体に正しい情報を伝えられるわけはありません。なぜならダンパーやスプリングの演算を行うのはソフトウェアだからです。こういった原因などで、人は演算結果である物理挙動を勘違いしてしまったり、誤った認識の下で修正してしまいます。
モーションシステムの開発のきっかけ
ある時からドライバーとしての感覚的な疑問を抱きました。レーシングシミュレーターでドライビングレッスンを開始し始めた頃、モーション筐体(フレームの一部が動く筐体)ではありませんでした。この頃はシミュレーターでの練習後の実車ドライブ時に、どうしても「感覚的なずれ」が大きく疑問だったのです。FFB(ステアリングの反力・キックバック)は調整可能で、違和感のないように調整できましたし、画面の調整もイメージ通りの調整ができておりました。できる限りの調整は試してより良くなったとは思っていました。ですが違和感は残りました。この状態でできることは、シミュレーター専用のドライビングで、頭で理解してできるかどうかやってみる、「ドライバー脳のトレーニング」でした。ですが同じこと(力加減や得たイメージ)は実車では通用しませんでした。
3年が経過したころ、実車でのコーチングが増えてきたときにさらに気づきました。
「クルマの動きがシミュレーターでは把握できていないんだ。だから実車ドライブとイメージがどうしてもずれてしまう一面がある。」
動きというのは、ピッチ・ロール・ヨーの量およびスピードです。これはいくらデータを修正しても納得のいくものではありませんでした。
そこで、その動きを感覚として補完するためにレーシングシミュレーター本体を動かす、「モーションタイプのSIM」の導入を考えました。当時はモーションタイプのSIMはごく一般的に存在しており、日本でも流通しているものでした。現在では様々なタイプのものがありますよね。私は時間をかけ、ひたすら海外の情報を調べました。そして、海外のものを含めて様々なSIMに実際に乗ってみました。ですが納得はいきませんでした。
遅延とはいったいなんなのか?
「操作した内容が反映され、画面の描画に対し、身体が挙動を感じ取るまでにタイムラグがある。」これが遅延です。レーシングシミュレーターは、センサーの値をPCへインプットされ、これはPC内で各種ソフトウェアによって計算されたのちに各デバイスへアウトプットされます。超極端な言い方をすれば、ハンドルを切って1秒後に横Gがかかったようにシートが傾くといった感じでしょうか。この遅延というものは相当厄介なものです。
なぜ「遅延」をなくすことができたのか
レーシングシミュレーターにおいて遅延の有無を左右するものは、PCの処理速度(かなり大雑把な言い方)・モニターの性能・フレーム重量と剛性と「ガタつき」・シート剛性・モーションアクチュエーター解像度と推力などなど・・・非常に多岐にわたります。すごく簡単に言ってしまうと、その全てをクリアすればいいのです。
PCの処理能力を左右するものは、主にCPU・GPU・メモリです。高性能なパーツで構成すると、高性能な他のパーツ(マザーボードなど)を求められます。それをチョイスするには、PCを自分で組む必要があります。モニターは通常のモニターではなく、高リフレッシュレートの物を使用します。フレームは工夫すれば高剛性と軽量化を両立できます。シートは専用の取り付けブラケットを自社開発しております。モーションの要であるアクチュエーターは非常に高推力なものを緩衝材なく使用します。遅延の原因となる事象は様々で、これを解決するための開発に非常に時間を要しました。
「遅延のない挙動」とは、ドライバーの操作に対しPCのソフトウェアが行った挙動(演算結果)を可能な限り早くモニターやモーションシステムへ出力し、可能な限りドライバーの体へ物理的な感覚として感覚的に遅れなく情報を伝えることを指します。
疑問と解決策を見出す
いったい何が問題なのか?それは実際に乗ってみて「実車のG変化スピードや車両姿勢変化スピードとはかけ離れていて、まるで参考にならない。運転できない。」と感じてしまったことです。つまり、遅延というタイムラグを考慮したドライビングが強制されてしまうのです。さぁ困りました。操作タイミングが100分の1秒を求められるモータースポーツを目的としているのに、そんなことがあってはなりません。そんなシステムは無いほうがいいとまで考えました。いわゆるモーション筐体で「モーションの量を著しく少なく」してみたり、「モーションを止めて乗る」プロのドライバーさんを見かけませんか?
ですがこの遅延問題はある方法でのみ解決できることを知りました。それは、フレームとモーションシステムをゼロから製作することでした。なぜなら、導入検討中にフレーム剛性や重量がその遅延にも関係することが判明し、現状これが実現できている部品が存在しなかったからです。つまり、一から作るしか選択肢がなかったのです。